花京院家の愛玩人形
『コッペリア』とは、バレエの演目だ。
ある屋敷の窓際に座るからくり人形に一目惚れし、その屋敷に不法侵入しちゃったアホな青年と、同じく不法侵入しちゃったアホな青年の恋人と、人形を作った博士が織り成す喜劇。
コメディなのだ。
だけど…
「確かに『コッペリア』は面白い」
皮肉に唇を歪めた要が言う。
「でも、その原作の、E.T.A.ホフマンが書いた『砂男』という短編小説を知ってるかい?」
「いいえ。
存じませんわ」
「美しい人形に恋をし、真相を知って発狂し、恋人を高い塔から投げ落とそうとした挙げ句、最後には命を断ってしまうイカレた男の話だよ」
「そんな…
なんて恐ろしい…」
紫乃は青ざめた頬に手を当てた。
でも、それはただの物語。
人生を狂わせてしまうほどの人形への恋情なんて、そもそも現実的ではない。
「ご安心なさって、花京院様。
わたくしはお人形ではありませんもの」
「…
…
…
そう?」
「えぇ、そうですわ」
すぐに元の様子に戻ってたおやかに微笑んだ紫乃は、前髪に隠された要の細い目が鋭さを増したことには気づかなかった。