花京院家の愛玩人形
Ⅰ
俺が知っているコト。
夏の終わりとはいえまだ残暑は厳しいのに、長袖の白いブラウスと紺の膝下丈フレアスカートで慎ましく肌を隠しているコト。
なのに額には汗ひとつなく、いつも涼しげなコト。
ハーフアップにした栗色の髪が、風と陽光の仕業でビロードのように輝くコト。
華奢で女性らしい均整のとれた身体も、握り潰せそうな細い首に乗っかったドーリィフェイスも、作り物じゃないのかと疑ってしまうほど美しすぎるコト。
それから…
午後の決まった時間に、一人で図書館に入っていくコト。
それが、俺が知っているコト。
俺が知る彼女の全てだ。
ソレ、知らないも同然じゃん?って?
『通勤電車で毎朝見かける顔』レベルの他人じゃん?って?
デスヨネー
事実、図書館に向かう完璧な横顔を毎日毎日この窓から眺め、白いキャンバスに少しずつ描いている俺の存在に、彼女は気づいていない。
長い睫毛に囲まれたタレ目の中の、吸い込まれそうな大きな瞳に俺が映り込んだことは、まだ一度もない。
こーゆーのが、ストーカー予備軍ってヤツなのか?なんて自己嫌悪に浸りながら、そっと窓を閉める。
あぁ…
溜め息が止まらない。
発汗及び指先の震えも止まらない。
寝不足の頭では考えが上手くまとまらず、どうすればいいのかもうサッパリわからない。
焦燥と、強迫観念と、芽生えてしまった恋心の狭間で。
俺は今。
ストーキングよりもっと、とんでもないコトをしようとしている…