花京院家の愛玩人形

思わず後退りして、直後に猛反省。

選択を誤った。
図書館の入り口から遠ざかってしまった。

危機を察知した瞬間に迷うことなく駆け出し、人が大勢いそうな場所に逃げ込むべきだったのに。

この悪天候で、周囲に人影はない。

悲鳴を上げても、風の唸りと閉めきった窓に遮られてしまう。

もちろん、凶器を所持した不審者相手に勝負を挑むすべなど持ち合わせていない。

これぞまさに絶体絶命。

握りしめた両手を胸に当てて動けなくなってしまった紫信の前に、黒縁メガネとマスクで顔をわかりにくくした、白いレインコート姿の男が立ち塞がった。

振り上げられる包丁が、見開いた目にスローモーションで映る。

このまま刺されてしまうのだろうか?

あの、やけにブレて見える切っ先で。



ん?

待って、待って?


(あ、なんかちょっと違う)


硬直したまま、紫信はあるコトに気づいた。

自分感覚でスローに見えているのではない。

事実、男の動きが遅いのだ。

自分感覚で包丁の刃がブレて見えるのではない。

事実、ソレを持つ男の手が震えているのだ。

手だけではなく、腕も
腕だけではなく、足も。
足だけではなく…

って、もう、男の全身がガっタガタ震えているのだ。

明らかに襲う側のクセに、ソレ、ナニゴト?

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