花京院家の愛玩人形
Ⅵ
足取りが重い。
なのに今日も来てしまった。
窓から図書館が見下ろせる、この場所に。
シンと静まり返った放課後の校舎。
大きな木製のケースを抱えた小学校教師・コーヅキは、図工室の扉の前でボンヤリと立ち尽くしていた。
メガネの奥の彼の目は虚ろ。
その下にできたクマも濃くなる一方で、先輩教師に通院を勧められるレベルになってしまった。
ナニ?
死相が出てるって?
ソーカモネー
少なくともコーヅキ本人は、自らの死期は近いと確信している。
何も出来なかった。
もう何も出来ない。
後は恐怖の訪れを待つだけ。
せめて、美しく清らかなあの人の絵を、完成させるだけの時間が残っていればいいのだけれど…
引き手に指をかけ。
扉をスライドさせて。
ゴトっ カシャンカシャン…
コーヅキは長年使い込んだケースを取り落とし、中の画材を部屋の入口付近にブチまけた。
あ、キタ?
死期、とうとうキタ?
って、違うから。
キタのはキタけど、別のがキター
学校あるあるの重い緑色のカーテンを少しだけ開け、午後の暖かな光に照らされてその人は立っていた。
掛けてあった白い布を取り払ったキャンバスに、視線を落として立っていた。
コーヅキが、眺めて描いて恋をして、なのに命を奪おうとした美しい人が、たった一人で無防備に立っていた。