花京院家の愛玩人形
連れて帰る?
ココを出て?
ココではない外の世界に‥‥‥?
一つしかない大きな瞳が揺れる。
「それは…
でも…
わたくしは信太郎さんと…」
「僕にとっては不本意だケド、君たちを永遠に引き離そうってワケじゃないから、安心して。
とりあえず今は君の治療が最優先だし、あのオッサンには頭を冷やす時間が必要じゃない?」
「時間…」
小さく呟いてから、紫乃は未だ立ち上がることができない信太郎を見た。
ガスマスクが取れ、酷い顔を晒して自分を凝視している信太郎を。
あんな表情は知らない。
こうなる前、彼は優しい人だった。
今となっては、どこからどこまでが本物の記憶なのか定かではないが、少なくとも紫乃の知る信太郎は、本当に優しい人だった。
時間を置いて冷静になれば、彼は以前の彼に戻ってくれるだろうか。
窓から暖かな陽が差す昼下がり、和やかに紅茶を飲みながら。
お互い、全てを打ち明けあって。
お互い、理解しあって。
お互い、許しあって。
微笑みながら寄り添いあえる、以前のような関係に戻れるだろうか…
「そう…ですわね…
花京院様… どうかわたくしを連れて」
「許さない!!」
信太郎を悲しげに見つめたまま紫乃が漏らした囁きを、紫乃を火を噴くような目で睨みつけたまま信太郎が上げた怒声が遮った。