花京院家の愛玩人形
「許さないよ、紫乃…
私から離れていくなんて…」
廊下に腰を下ろしたまま手を伸ばした信太郎が、部屋にいる要と紫乃には見えない位置に置いてあったポリタンクを引きずり出す。
「フフフ…
ココで火を点ければ、もうこのドアは通れない…
一酸化炭素の影響で痺れが残る身体では、落ちれば壊れる紫乃を抱いて窓から逃げることもできない…」
中の液体はガソリン。
スラックスのポケットに消え、再び現れた手には使い捨てのライター。
「紫乃…
おまえがまた私を裏切るというのなら…
ククっ
もう一度殺してやる。
おまえも、おまえが私を捨てて選んだ男も。
アハハハっハハっ
何もかも燃やし尽くしてやる」
「信太郎さん…
あぁ… 信太郎さん…」
紫乃にはもう、瞳孔を開いてアルカイックスマイルを浮かべる狂人の名を、震える声で呼ぶことしかできない。
けれど要は…
「バっカじゃないの?
違うでショ?」
呆れたようにそう吐き捨てた。
そして紫乃を縦抱きにして軽々と片手で支え、残った片手でシャツの胸ポケットから取り出した一枚の紙きれをピっと飛ばす。
空を切り、信太郎の目の前に舞い降りたソレは…
要がアルバムから抜き取った古い写真だった。
まだ若い信太郎と『紫乃』が肩を並べて笑う、よくある恋人同士のメモリーフォトだった。