花京院家の愛玩人形

信太郎はガタガタ震えて丸くなったまま、動かなかった。

紫乃は睫毛を伏せて俯き、唇を噛みしめた。

要だけは、誰が返すかとばかりに紫乃を強く抱きしめ、『アレ』を険しく睨みつけたが…

なんかもう、コレ詰んだだろ。

声とか。
態度とか雰囲気とか。

このビスクドールの中のヒトって、普通の『妙なモノ』じゃなくね?

よくある髪の長い女の霊や落武者の霊なんかじゃない、もっとこう…ヤバい系の『妙なモノ』じゃね?

コレ完全に詰んだだろ。

その仮説を裏づけるように、床に落ちていた『アレ』の影が伸びる。

音も気配もなく、紫乃を抱える要の足下まで伸びる。

伸びて、広がって、色を濃くして…

ズズっ


「ぉわっ?と?」


要の足首を飲み込んだ。

傾いた体勢に驚いて咄嗟に視線を落とした紫乃の、愛らしい顔が歪む。

なんてこと。

当たり前に磐石だと思っていたフローリングの床に、漆黒の沼が広がっている。

二人を飲み込もうとしている。

『死せる生者の宝玉』ごと…


「放してくださいませっ!!」


全力で身を捩った紫乃は、一瞬緩んだ要の腕をすり抜け、自ら沼に落下した。

すると、沼はターゲットを紫乃だけに絞り、浮き上がった要の足下には何事もなかったかのように木の床板が現れる。

< 55 / 210 >

この作品をシェア

pagetop