花京院家の愛玩人形

息を切らして自分を捕まえようとする要に、紫乃は言う。


「この目をお返しさえすれば、あの方は満足なさるでしょう。
そしてわたくしがいなくなれば、信太郎さんと花京院様が争うこともないでしょう?」


もう胸まで沼に沈みながら、穏やかに微笑んで紫乃は言う。


「わたくしは、愛する殿方と好ましいと思う殿方が、わたくしの巻き添えで命を落とす様も、わたくしのことで傷つけ合う様も、見たくはないのです」


そうだね、知ってる。

君はそういう人。

全てを受け入れ。
全てを赦し。

献身と慈愛に殉ずるアガペーの化身のような人。

そんな君が、そんな結末を望むというのなら…


「…よし、わかった。
僕は君の全てを尊重し、全てを肯定する」


要は伸ばした手を引っ込め、紫乃を見つめて深く頷いた。

そして…


「おじゃまします」


トプン…

って!?沼に落ちやがった!?
なんの迷いもなく!?

沈みゆく紫乃をクルリと反転させて、背中から腰を抱いて、ふー、なんて息をついて…

ナニソレ、風呂か!?

紫乃は金魚のように口をパクパクさせた。

『アレ』のニヤニヤ笑いも、硬直したように見えた。

< 57 / 210 >

この作品をシェア

pagetop