花京院家の愛玩人形
Ⅶ
あぁ、愛しい紫乃。
優しくたおやかで、誰よりも何よりも美しい紫乃。
あぁ、憎らしい紫乃。
私を裏切り、捨てた紫乃。
全ては二十年以上も昔の話。
木目込み人形職人だった私は、宮内庁御用達老舗呉服店の一人娘、紫乃に恋をした。
生涯一度と思える、激しい恋をした。
はじめは躊躇いながらも、紫乃は私の再三の求愛に応えてくれるようになり…
生涯一度と思える激しい恋は、成就した。
かに見えたのだが…
職人とは言え、まだ若く見習い同然の私と、ポっと出セレブなどではない、由緒正しい家柄の令嬢である紫乃。
釣り合いが取れるはずもない。
露見した私たちの秘密の交際に、紫乃の両親は断固として反対した。
脅迫、懐柔、果ては買収まで。
彼らはありとあらゆる手段で私を諦めさせ、紫乃から引き離そうとした。
だが、障害が大きければ大きいほど燃え上がるのが恋というもの。
私は困惑する紫乃を説き伏せ、故郷に連れて逃げた。
なけなしの貯金でボロアパートを借りて。
少しずつ生活用品を揃えて。
慣れない暮らしに不安と戸惑いを隠せない紫乃を笑顔にするため、アチコチに連れ出して。
いつだって手を繋いで、二人一緒に…
生涯一度と思える激しい恋は、今度こそ成就した。
かに見えたのだが…
幸せは呆気なく潰えた。
やっと見つけた新しい仕事先から帰宅すると、作りかけの夕飯を残して紫乃は消えていた。