花京院家の愛玩人形

火がついたままのビスクドールが、力を失った信太郎の腕をすり抜けて自らの影でできた黒い沼の中に消えていったのも。

その直後、信太郎の身体が枯れ木のように横倒しになったのも。

生々しくぬらぬらと光っていた信太郎の眼球が、冷たく輝く無機物へとゆっくり姿を変えてゆく様も…

思い入れのあるたった一体だけとはいえ、魂を宿した人形を作り出せた信太郎は『人形師』。

遺されたその目は『死せる生者の宝玉』。

ソレを、大切に胸ポケットにしまって。
壊れ果てて尚美しい人形を、もっと大切に抱えて。

立ち上がった要は、消えた命の灯火に反して未だ燃え続ける信太郎の亡骸を見下ろした。

炭になりつつある、その固く握られた拳の中にあるモノは、幸せだった二人の一瞬を切り取った古い写真だろうか。

人形に恋をしたナタナエルは、

 火の輪よ、回れ
 ぐるぐる回れ

 綺麗な可愛いお人形さん
 ぐるぐる回れ

と叫んで発狂した。

今日火の輪の中で回ったのは、人形ではなく、人形に恋をした男でもなく、愛しい女の面影を追って人形を作った哀れな男。

新しい物語が始まった。

人間として生まれ変わるすべを失った、妙なモノに憑かれた人形はどうする?

人間として生まれ変わるすべを手に入れた、自分を人間だと思い込んでいた人形はどうなる?

そして、自分を人間だと思い込んでいた人形に恋をした、イってる人形作家は…


「どーするとか、どーなるとかって以前に、コレ…」


細い目をさらに細くしてボソっと呟き、クルリを踵を返して炎が広がり始めた部屋を後にした。

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