花京院家の愛玩人形
「ちょっと。
もう指突っ込んだりしないでよ?
ケガするから」
右の眼球に向かって無意識に伸びる紫信の手を、素早く掴んで止めて。
それから…
「そう。
君にって、あのオッサンが僕に託した、あのオッサンの目玉ですよ?
遺品を勝手に捨てるワケにも、今際の際の頼みを無碍にするワケにもいかないでショ。
僕にとっては不本意極まりないケド」
思い切り眉を顰めて、思い切り鼻に皺を寄せて、思い切り唇をひん曲げて、要はボソボソと毒づいた。
そんな彼を見て、人形だった時よりも人形らしかった紫信の表情が動く。
少しだけ、ほんの少しだけ、微笑む。
「まぁ… 花京院様ったら…
本当におかしな方ね…」
虚無感の中に沈み込んでいた彼女の心が、要の変顔で動き出す…
いや、違うな。
紫信の心を動かしたのは、要じゃないな。
だって、彼女の唇は確かに綻んでいたが、大きな目からは光る雫が零れ落ちていたから。
「ねェ、花京院様…
信太郎さんは…わたくしを愛していてくださったのですわ…」
一粒、二粒。
雫と共に言葉も零れる。
「嘘もあったでしょう。
酷いこともなさったでしょう。
わたくしに、別の女性の面影を重ねておられたでしょう。
でも、それでも。
本当はとても優しいあの方は、わたくしを、愛していてくださったのですわ…」