花盗人も罪になる
「今朝ひどいこと言って泣かせてしまったんですけど……妻は何も言わずそのまま同窓会に行くために出掛けてしまって」

「腹が立つ気持ちはわからなくもないけど……そこは村岡主任の方から謝ってください」

「そうします」

そう言って逸樹は照れくさそうに笑った。

香織はその照れ笑いを不思議な気持ちで見ていた。

奥さんを傷付けてまで逸樹を奪いたいとは思わない。

むしろ、逸樹が奥さんをとても愛していることにホッとした。

愛する人にこんなふうに愛されたらお互いきっと幸せだ。

そんな気がした。


りぃと夢中で遊んでいた希望が、逸樹の方を向いてお腹を押さえた。

「いっくん、ののお腹すいた。グーって鳴ったよ」

「そうか、もうそんな時間なんだな」

逸樹は腕時計を見ながら、ベンチから立ち上がった。

「ののちゃん、今日はしーちゃんいないから、どこかにお昼御飯食べに行こう」

「ホント? のの、お子様ランチ食べたい!」

逸樹と希望の会話を聞いて、香織は軽く首をかしげた。

「しーちゃん?」

逸樹が、思わず呟いた香織の方を振り返った。

「ああ……僕の妻です。“紫恵”だから“しーちゃん”。近田さん、手芸教室で妻と会ってますよね?」

香織は手芸教室の紫恵先生を思い浮かべ、驚いて大きく目を見開いた。

「えっ?! 紫恵先生が村岡主任の奥さんってことですか!」

「はい」

「じゃあののちゃんは……」

「ののちゃんは妻の姉の子供です。義姉(あね)はシングルマザーで仕事でいつも忙しい人なので、面倒を見られない時はうちで預かってるんです」

「そうなんですか?」


< 101 / 181 >

この作品をシェア

pagetop