花盗人も罪になる
強い力で掴まれた腕を振りほどくことができず紫恵は引きずられるようにして歩く。

「イヤだ……離してよ……」

どうしていいのかわからなくなった紫恵の目から涙がこぼれた時。

後ろから、背の高い誰かの腕が紫恵を抱きしめた。

そしてもう片方の手で松山の腕を強く掴む。

驚いて振り返った松山が目を見開き青ざめた。

「紫恵に触るな」

振り向いて見上げた紫恵の目に、また涙が溢れた。

「いっくん……」

逸樹は松山の手から奪い返した紫恵を強く抱き寄せた。

「二度と俺の紫恵に近付くな」

松山に向かって吐き捨てるようにそう言うと、逸樹は紫恵の手を引いて歩き出した。

逸樹は何も言わないけれど、紫恵にはその背中が怒っているように見えた。


路上パーキングに停めた車の前まで来ると、逸樹は立ち止まり黙って車の鍵を開けた。

そして助手席のドアを開け、紫恵に向かって乗れと無言で促す。

紫恵が助手席に座りシートベルトを締めると、逸樹は何も言わずに車を発進させた。

車は実家へは向かわず自宅へと向かっている。

車内に広がる重い沈黙の中、紫恵のすすり泣く声だけが響いた。

しばらくすると逸樹はコンビニに立ち寄った。

戻ってきた逸樹は黙ったまま紫恵にミネラルウォーターを差し出した。

紫恵も黙ってそれを受け取り、キャップを開けて水を口に含んだ。


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