花盗人も罪になる
「……いっくん、疑ったりしてごめんね」

「……俺もひどいこと言ってごめん」

逸樹は紫恵の頭をポンポンと軽く叩いて、照れくさそうに笑った。

「簡単に他の男に連れ去られそうになってんじゃないよ。しーちゃんは俺の大事な奥さんなんだから」

「ごめん……。ありがとう、助けてくれて……」

「帰ろうか」

「うん……」

逸樹は車のエンジンを掛け、ゆっくりと車を発進させた。

前を向いて運転しながら、逸樹は左手でそっと紫恵の手を握った。

「しーちゃん……どこにも行くなよ」

逸樹の大きな手の温もりと甘く優しい言葉に、また紫恵の目から涙が溢れて頬を伝った。

「うん……行かない……。ずっといっくんのそばにいる……」

逸樹は前を向いて運転しながら、涙で濡れた紫恵の頬を左手の甲でそっと拭った。

「泣くなよ、しーちゃん……」

「だって……いっくんが……」

紫恵は両手で涙を拭う。

「泣くのは俺が抱きしめられる時にして。今はこれくらいしかしてあげられないから」

逸樹は左手で紫恵の頭を優しく撫でた。

「家に着いたら……思いきり泣かせてくれる?」

「いいよ。しーちゃんの気が済むまで」

逸樹は誰に対しても優しい。

だからモテるのも仕方ないのかもしれない。

そんな優しい逸樹だから好きになったのは紫恵も同じだ。

逸樹はいつも紫恵にだけは特別甘くて優しい。

いつか逸樹が去っていくかもなどと考え、勝手に不安になって怯えるのはもうやめようと紫恵は思った。



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