花盗人も罪になる
どんな男もおとす自信のある女
定時のチャイムがもうすぐ鳴ろうかという頃。
円はパソコンに向かい、データの同じ箇所を何度も打ち込んでは消して、仕事をするふりをしていた。
ある程度までデータ入力を進め、適当な量を残して残業に持ち込む。
残業時間になると残りのデータをさっさと打ち込み、逸樹が帰る頃を見計らって円もさりげなく席を立つ。
あまり毎日同じタイミングだと不自然に思われるかも知れないので、ほんの少し時間をずらしてみたりもする。
先日から急に自ら進んで残業するようになった円を、香織は訝しがっていた。
なんとか逸樹と二人きりになろうと始めたことだが、会社から駅までの道のりを二人で歩くだけでは、なかなか進展しない。
食事に誘っても「妻が夕飯を作って待っているから」と断られた。
もしかしたら、かなりの愛妻家なのかもしれない。
だけど円は障害が大きいほど燃えるタイプだ。
このままかわいい部下を演じて世間話をしていたって、望むような関係になるには時間がかかりすぎる。
以前に比べると少しは親しくなったことだし、そろそろ次の段階に進んでみようか。
定時のチャイムが鳴ると、円は仕事を終えて帰っていく社員たちの後ろ姿を見ながらほくそ笑んだ。