花盗人も罪になる
円はまたため息をつきながら、香織の手元の書類をチラッと見た。

「いいなぁ……」

「何が?」

「その仕事、変わって」

「いくら伝票確認が面倒でも、それはダメ。頑張らないと残業になるよ?」

香織はパソコンの画面に視線を向けたまま、やんわりと円をたしなめた。

仕事に集中するようたしなめたつもりだったのに、香織の意に反して円は何かを思い付いたのか、目を大きく見開いて手を打った。

「残業……! その手があったか!」

そう言うと、円はニヤニヤしながらせっせと仕事をし始めた。

さっきまであんなにやる気がなかったのに、あっという間に残りの伝票確認を終えた円は、自ら逸樹に次の仕事の指示をあおぐ。

円の妙な行動に、香織は首をかしげた。

円が何を企んでいるのかはわからないが、関わると面倒なことに巻き込まれそうな気がする。

香織は円から詳しく聞き出すことはせず黙々と仕事を進めた。



定時のチャイムが鳴り、仕事を終えた香織は大きく伸びをした。

円の手元をチラリと見た香織は、逸樹から任された仕事がほとんど進んでいない事に気付く。

「終わらなかったの?」

「終らなかったの。残業する」

いつもの円なら残業どころか、定時になるといち早くオフィスを出ようとするのに、珍しいこともあるものだ。

「じゃあ……私は帰るね。お先に」

香織は怪訝に思いながらオフィスを後にした。




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