花盗人も罪になる
たとえ紫恵にバレなかったとしても、こんないかがわしい店に入るなんて冗談じゃない。

紫恵以外の女になんて触れたいとも触れられたいとも思わない。

「とにかく! 僕は先にホテルに戻ります!! 嫁が僕からの電話待ってるんで!!」

逸樹はなんとか二人を振りきってホテルへと急いだ。

たとえ付き合いでも、これだけは譲れない。

バレようがバレまいが、紫恵を裏切るようなことや悲しませるようなことだけはしたくない。

とにかく1秒でも早く紫恵の声が聞きたい。

ホテルの部屋に戻ったらすぐに電話しよう。

できるなら本当は今すぐ紫恵の元へ帰りたい。

そして思いきり紫恵を抱きしめたいと逸樹は思った。



その頃紫恵は、静かな部屋でベッドに体を投げ出し、一人ぼんやりと天井を見上げていた。

希望は二人で食事と入浴を済ませた後、迎えに来た心咲と一緒に帰っていった。

一人きりになると部屋の中が突然静まり返ったような気がする。

逸樹が出張に行ってからまだ今日で3日目。

約束通り毎朝紫恵が電話をして、夜は逸樹からの電話でその日の出来事を報告し合う。

逸樹と話している時間や希望がいる間は寂しさもまぎれるものの、一人きりになるとなんとなく不安でなかなか寝付けない。

結婚してから別々に過ごした夜は何度かあったが、それはいつもせいぜい一晩だけで、こんなに離れるのは初めてだ。

逸樹が役職に就いてから残業が増えたように、これからは出張も増えるのかもしれない。


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