やさしいだけじゃない。
「誰って、しがないリンゴ売りさ」


ほれ、この通り。


おばあさんは手に持っていた籠を見せた。


美味しそうなリンゴが籠一杯に入っている。


翠くんは視線を鋭くしながら言った。


「それ、全部毒リンゴなんだろ?」


「え?」


私は驚いて翠くんを見た。


「腕時計を忘れてここに戻る途中、見たんだよ。

黒いまがまがしい液体の中に、リンゴを漬けていたあんたの姿を。

そしてニヤリと笑って、老婆に変身したあんたの姿を」


私は慌てておばあさんの方を見た。


するとおばあさんは落ち着き払った様子で「ああ、そうかい」と言った。


「見ちまったのかい」


溜息を吐きながら、決して焦りを見せることなくそう言った。


「ああ、確かにあたしはそのリンゴを液体に漬けたさ。

毒の液体の中にね」


私は手に持っていたリンゴを手から放した。


ゴロ、とリンゴは少し転がった。


「白雪姫は渡さない!」


翠くんは大きな声でそう言った。


森にこだまする声。


いつもの翠くんからは想像もできないような、強くて鋭い声だった。


その声にドキドキと心臓は鳴りやまない。


「若いねエ」おばさんは言った。


「でもその気持ちだけじゃアどうにもならないんだ」


おばあさんはニンマリ不気味に笑った。



「そのリンゴを口にすれば、死ぬ」



その途端、急に呼吸が苦しくなって、咳き込んだ。


その場に立っていられなくなって、膝まづくように崩れ落ちた。



「白雪姫!?」


翠くんは焦って私を抱き上げた。


「あんた、何を!」


おばあさんは高らかに「あたしゃ何もしていないさ」と言った。


「白雪姫が毒リンゴに口づけた。

それだけさ」


アッハッハ。


森の中に不気味な笑い声がこだまする。


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