憑代の柩
 事件がすべて解決して、いきなり元の顔に戻れと言われても困るな、と思ったとき、衛が、

「ところで、うちに来るか?」
と言い出した。

「どうしたんですか? 突然」

「本格的に身辺が怪しくなってきたからだ。

 ああは言ったが、本当に殺されたら、さすがに寝覚めが悪い」

「一貧乏人の死など、寝覚めが悪い程度なんですねえ」

 部屋が狭いので、玄関が近い。

 帰ると言った衛はもう靴を履きながら、

「別に僕も権力者なりたかったわけじゃない」
と言う。

 その背に向かい、今なら、ぶっすりやれそうだなと思いながら訊いた。

「じゃあ、なんで、なみいる後見人候補を押しのけて、ご自身で上に立たれたんですか?」 

 衛はすっくと立ち上がり、こちらを見据えて言った。

「一族の中で、一番の権力者になるためだ」

 なんか矛盾しているような、と思ったが、その真摯な瞳に茶化す気分にはなれなかった。

 衛はほんぽんとこちらの頭を叩き、上の方から見下ろして、何故かにやりと嗤う。

「さ、行くか」
と背を向けた。
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