憑代の柩
 偉いな、と普段なら子供にするように褒めるところだが。

「私、だいたい記憶は戻ったんですけど」
と彼女は言い出した。

「先生に訊きたいことがあるんです。

 先生が途中で、失踪されたのは何故ですか?

 御剣衛とは連絡とられてたみたいですけど」

 いつものように黙っていたが、彼女はしつこく自分を見つめてくる。

 あまり間近に見られると、さすがに――。

 彼女に背を向け、夕べ、投げ捨てた盗聴器の受信機に手を伸ばす。

「探偵をやめようかと思っていたからだ」

 えっ、と彼女は声を上げた。

「御剣に頼まれた仕事だけは途中だったから、彼にだけは連絡をしていたが」

 本当はその仕事からこそ、手を引きたかった。

「……先生」
と呼びかけてくるその声に、誰よりも警戒する。

 彼女は探偵としての経験値が低いだけで、本当は自分よりも遥かに聡い。

「なんだかわかんないけど、やめないでください。

 私、行くところなくなるじゃないですか」

 そんなしょうもないことを言い出した彼女を振り向き、

「流行のところにでも行けっ」
と言う。

 だが、薄情にも、いやあ、あの人はちょっと、と笑っていた。
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