憑代の柩
 流行は手を離しながら、その手を見ていた。

「聞こえたんだ。
 壁が薄いから」
と笑う。

 その視線を『佐野あづさ』の部屋へと流した。

 やられた、と思う。

 此処は盗聴器がなくとも聞こえるくらい壁が薄い。

 特に押し入れなら。

 流行は笑い、
「気配が薄いから、俺」
と自嘲気味に言う。

 存在感がないとも、オーラがないともいうが。

 そのせいか、自分にも、じっとしているときの流行の気配が追えないことがあった。

 これが尾行となると、話は別で、その下手さで、存在感がない癖に、悪目立ちしているのだが。

「なんで、奏の死体を始末してやったんだ?

 同情してなんてお前らしくもない」

 それが原因で探偵を辞めたいと言ってるんだろ?
と言われる。

 長くは話せない。

 これ以上、彼女と距離を置くわけにはいかないから。

 早口に言った。

「奏の誘惑に乗ったんだ」

 流行の方を見ずに、歩き出す。

 靴音が無駄に響く気がした。
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