憑代の柩
『いきなり起き上がらない方がいいですよ』
自分の腕の中で、女は一度、大きく息を吸うように、背をそらせたあとで、激しく咳き込んだ。
『まだ水残ってるかも』
と濡れた身体を震わせる。
『飲み過ぎってくらい飲んでるでしょうね』
少し吐かせた方がいいかとも思ったが、彼女は濡れた服と髪を身体に張り付かせたまま、ははは、と笑った。
『人間ポンプみたいに、口から小魚が出て来たりして』
呆れる。
今、川を流されてきて、しかも、恋人に殺されかけたのに。
息を吹き返した女は、そんなくだらないことを言って笑い出した。
やけになっているわけでもなさそうだ。
携帯を取り出そうとした自分の手を止める。
『貴方、衛が雇ってた探偵ね。
お願い。彼には連絡しないで』
『どうしてですか?』
と言うと、彼女は迷うような顔をする。
咲田馨。
可愛いが、みんなが振り返るような美人ではない。
だが、不思議に人を惹きつける笑顔を見せる。
それは、秋川奏が幾ら顔を変えても、真似出来ないものだった。