憑代の柩
「貴女に不思議な二面性がありますね。

 穏やかな笑顔で口調もやわらかいけど、鋭く何も見過ごすまいとしているように見える。 

 詰問されている感じがします」

 そう一息に言ったあとで、男は訊いた。

「貴女、本当に佐野あづささんなんですか?」

「どうしてです?」

「佐野あづさって、こういう顔じゃないんですよ」
と言いながら、こちらを手で示す。

「え――

 でも、大学でもこの顔で通りましたけど?」

 多少言動や雰囲気がおかしくても、みなが自分をあづさだと認めたのは、顔が同じだったからのはずだ。

 だが、男は唾を呑み、黙り込んだ。

「すみません。
 あの、貴女、誰なんですか?」

「だから――

 佐野あづさですよね?」

 男は額に手をやり、しばらく俯いていた。

「いや、幾ら僕が無能でも、今の遣り取りが噛み合ってないことくらいはわかりますよ」

 ああ、自覚はあるんだ。

 じゃあ、そんなに抜けているわけでもないかと思う。

 一番タチが悪いのは、自分が切れないことがわかっていない人間だ。 
< 99 / 383 >

この作品をシェア

pagetop