俺様上司と身代わり恋愛!?
「私はやっぱり、顔が見えない分、声は柔らかい方がいいと思う。
電話をかけてくるお客様は、今の津山様みたいに通帳を失くしたりして慌ててらっしゃる方もいるし、盗難された方だっている。
そういうお客様を安心させられるのは、電話の場合、声だけだから」
未だ驚いた表情で見上げてくる今野さんにそう告げてから、すーっと息を吸い込んだ。
「私は、使い分けたりできないから、お客様全員にバカみたいに笑顔で接する事しかできないからそうしてるけど……。
今野さんは、慌ててらっしゃるお客様だけでもいいから、柔らかい声を意識して出して安心させてあげて」
言い終わってから、少し間があった。
だから、もしかしたらまた言い返されてしまうかもしれないって不安は過ぎったけれど……。
じっと見つめている先で、今野さんは視線を伏せて。
バツが悪そうにだけど「分かりました」と、確かにそう答えた。
正直……そんな素直な答えが返ってくるとは思わなかったから、どう返事をしていいのか分からなくて戸惑う。
〝偉そうにごめんね〟なんて言ったら今までと同じだし、だからといって〝ありがとう〟も違う。
一体何を言えば……と、とっくに仕事に戻っている今野さんを見ながらあわあわしていると、左側からクッと喉で笑ったような声がかすかに聞こえた。
見れば、課長が頬杖で口元を全部覆った状態で、デスクの上の書類に視線を落としていて。
多分……見られてしかも笑われたんだなと理解した後、結局何も言わずに、ボスンと椅子に腰かけた。
その日の終わり、初めて今野さんに「お先に失礼します。……茅野先輩」と、初めて〝先輩〟と呼ばれ。
私だけじゃなくその場にいた職員全員がザワッとなり、今野さんが帰った後、ちょっとした話題になりコーヒーで軽い祝杯まで挙げたのは、今野さんには内緒だ。
でも、新入職員の頃、サンウェルさんを〝サンエルさん〟と呼び、大澤さんにものすごく怒鳴りつけられたという私の黒歴史なら、いつか話してもいいかなぁと思って少し笑った。