夜の図書室で
 思いだしても、それが本当にあったかどうか判別できないのだから、しょうがないか。


「ねえ、この原稿用紙、燃やしておいてくれない?」


「え、燃やす?」


「なんでなのかわからないけど、これを見てると、恥ずかしいって気持ちのあとに、泣きそうになる……」


 泣きそうになるんだったら、これは自分で書いたものだよ。きっとそうだよ。


 僕は言わなかった。なんだか、言えなかった。理由は特にない。


「今日はもう、帰ってよ。心が痛いような気がする」


 ナナちゃんは、心が痛いそうだ。そう、なら、帰るよ。


 僕が原稿用紙をはさんだクリアファイルを持って帰ろうとすると、ナナちゃんは一瞬、嫌そうな顔で僕を見た。さらに『星の王子様』を学生カバンに戻していると、


「その本、返さないとね。図書室に」
 と、ナナちゃんが元気のない声でそっけなく言った。



 原稿用紙はナナちゃんが書いたものだろう。あれが心残りか。燃やしてくれって言うんだからよっぽどだよな。
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