大人になるのも悪くない
「……乾いてるなぁ」
酔いが回ってきたせいか、一人でクスリと笑い、そう呟いてしまった。
“寂しいなぁ”と言わなかったのは、せめてもの強がりだ。
もしもそれを口にしてしまったら、うっかり涙が出そうな気がするし。
泣いている私を見ても、この店にいる誰も何とも思わないだろう。
そんな当然のことにすら傷ついてしまいそうなくらいに、乾いた心はひび割れを起こしているから。
私が涙を流す代わりに、氷だけが残ったモヒートグラスの周囲に浮かんだ水滴が、木製のカウンターを濡らす。
気持ち的にはお代わりをしたいところだけれど、今空になったのはすでに三杯目。これ以上飲んで、明日の仕事に支障をきたすわけにはいかない。
二日酔いでもなんとか出勤して昼ぐらいには復活していた若い頃とは違うのだ。
会計を済ませて店を出ると、生暖かい夜風が素肌に纏わりついてくる。
早く家に帰って、シャワーを浴びて寝てしまおう。それで、“特別な”今日は終わりだ。
コツ、とヒールがアスファルトを鳴らすのと同時に、背後でせわしく扉が開く音がした。
洩れてきたエアコンの冷気とともに姿を現したのは、白いシャツにベスト、クロスタイ、そして後ろにまとめ上げた黒髪から清潔感漂う、店のバーテンダーだ。
彼の容姿、なかでも涼しげな切れ長の瞳が素敵であることは、店に通っている間に知っていた。
そうは言っても、彼とどうこうなるだなんて微塵も思ったことはない。
私は目の前で立ち止まる彼を見て、酔っていたせいでお会計でも間違えたかと不安になっただけだ。
「あの……私、何か?」
「いえ! 何かというほどでもないのですが……いや、あるな。つーか、コレ!」
一人でごちゃごちゃと喋る姿は、仕事中落ち着いた動作でカクテルを作る彼とは別人。
よく見ると、年下かも……?
そんな思考を巡らせる私が、差し出されたものを受け取らずにいたら、急に自信をなくした様子の彼が言う。