大人になるのも悪くない
「……仕事中、じゃなかった?」
分別のある大人の女を装いそう言ってみると、彼はあからさまに深いため息をつき、顎に添えられていた手をどけ私の肩に顔を埋める。
「……もう、すでに。たぶん、怒られる」
……あらら。
同情しつつも、わかりやすくがっかりする彼の姿が可愛くて、よしよしと頭を撫でてやると、ちらっと目線だけ上げた彼が、甘えるように言う。
「……来週も来る?」
「うーん……どうかなぁ。予定、見てみないと」
「ぜってー来ない気だ」
「ふふ、どうかな」
私は笑ってはぐらかすけれど、意地悪な気持ちで言っているわけではない。
ここで本気になって、自分が痛い目を見ることになったら……と危惧して、色々と先回りをして予防線を張ってしまうのは、もうクセみたいなものなのだ。
今日は、三十歳の誕生日。そのお祝いに、神様がくれた、ひとときの楽しい時間。
それだけでいいじゃない。
その記憶を大切に持っていれば、明日からの仕事も頑張れそうな気がするし……今日を境にいっそう強くなるであろう、周囲からの哀れみの視線にも耐えられる。
お気に入りのバーを失ってしまうことだけが、少し残念だけど――。