一人の吸血鬼と一人の少女の物語
雪待草
ずっとひとりでいい。
そう思い始めたのはいつ頃からだっただろうか。
とうに寂しいなどという感情は忘れてしまったが他にすることもなくて、そんな下らないことを考えてしまう。

「一人って言っても俺にはお前たちがいるんだけどな」

たくさんある植物ひとつひとつに声をかけていく。
これは、毎日の日課のひとつだ。
いつから続けているのか、それも忘れてしまったが。
お気に入りの鈴蘭のような水仙のような花を見ているとき、不思議と心が安らぐ。
広いこの森ではちいさなちいさな存在だが、なぜだか自分には特別に思えて仕方ない。

「昔はこんなの興味なかったけど…」

しかし、これを見なければ一日が始まらないのだ。
長い間の中の習慣というものからなかなか抜け出せないなと思いながら、切り株に腰かけると待っていましたと言わんばかりに動物たちが集まってくる。
昔からそうだ。
この森は決して一人にさせてくれない。
それが、居心地が良くてだめだと分かっていても離れることができない。
きっと罰が当たるんだろうなと。
お願いだからこの森には罰が当たりませんようにと願いながら今日も時が流れていく。

「わぁ…天使様ですか…?」

どのくらい花を眺めていたか、結構時間はたっていたと思う。
いつの間にやら目の前にいた存在に驚いてしまった。
油断していた。
そしてあろうことか、儚い空気をまとった人間に見えるその少女の腰まである長い黒髪、透き通った白い肌に目を奪われてしまった。
久しぶりの人の形をしたそれに動揺したのだろうか。
それとも久しぶりの人の言の葉を聞いたからだろうか。
なんにせよ、自分はこの命尽きるときまで人と関わってはならぬのだ。
そう、誓ったのだ。

「…」

目を合わせてしまったが、喋らなければどうということはない。
このまま時が流れ少女が愛想尽きて立ち去るのを待つか、自分が立ち去るか。
そんなもの考えるまでもなく自分が立ち去ればいいのだ。
しかしこの俺に天使、などという馬鹿げたことを言うこの少女に少しほんの少しだけ興味が湧いてしまったのか。
前者を選んでしまった。
我ながら自分に甘いなとつくづく思う。

自分の選択が間違いだということに。
いつも後から気づくのに。

「あの…天使様?うーん、もしかして聞こえてないのかな…」

少女は長い髪を揺らしながら近づいてくる。
この少女は警戒心と言うものが足りないのではないだろうか。
まぁ、長く生きているとはいえ自分の容姿は人間で言えば15,6歳で止まってしまっているから仕方ないのかもしれないが。
知らない者には変わりはないのに、少女は歩みを止めない。

何故?関わろうとする?

歩み寄られるのは昔から苦手だ。
慣れていないというのもあるが。
恐れらる存在なのだ。
生まれたときから。ずっと。
思考している間も少女は歩みを止めない。
しかしさすがに、手を伸ばせば届くほどの距離は許す気はない。

「…」

これ以上は近づくなと言わんばかりに睨みつけてみる。
触るな。干渉するなと。
少女は驚いたのか、恐ろしくなったのか、ぴたりと歩みを止めた。
これで、少女はここには足を運ばなくなるだろう。
これでいい。
これからも一人で死ぬまで生きていかなければならないのだ。
走り去る足音が聞こえたあと、安堵した。
「我ながら都合のいいやつだ」
自分で選択しておきながら臆するとは。
もし少女があれ以上近くなってしまったのなら。
この場所にもう二度と留まることはできないだろうから。

「お前らと別れるのは少し寂しいからな」

花に向かって話しかけるのはあの少女と話せなかったのを紛らわすためか。
少し寂しいと感じてしまったら気持ちを紛らわすためか。
相変わらず覚悟が足りていないと思い知らされる。

「寂しいなんて感情は捨てたと思ってたんだけどな」

時がたてばいつか、この嫌な感情が自分の中から跡形もなく消えてほしく思う。
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