魔王と猫女
「つーばきっ」
声が聞こえる。
「ねえ、椿ってばあ!」
ボンヤリと視界が広がっていくいつもの感覚に「あ、また夢を見ているのか」と漠然と理解した。
椿が夢を受け入れ、声のする方を見ると、そこにはやはり優斗(ゆうと)がいた。
椿の、3つ下の弟である。しかし、今目の前にいる優斗の姿は5、6歳位である。
「どうしたんだよ、優斗。」
いつものように、椿は返事をする。
「もう、僕の話聞いてなかったでしょ」
「ああ。」
優斗が怒ると分かっていて、わざとぶっきらぼうに返す。
「だから、天気がいいからお散歩に行こうってば。」
「駄目だっつったろ?まだ回復してない。」
「今日は大丈夫!元気!」
そう無邪気に笑う優斗は大きな手術を受けたばかりで、体調が安定せず、医者からしばらく安静にしているように言われていた。
「だーめだっ。姉ちゃんが、居てやるからおとなしく寝てろ。」
椿の言葉にぶうっとホホを膨らます優斗は、家族のひいき目をぬいても、とんでもなく可愛い。
優斗はその見た目からよく女の子に間違われ、会う人会う人に「将来が楽しみね」と微笑まれる。
それに対し椿は、物心ついた時から男の子に交じって走り回ったりキャッチボールばかりして傷だらけになっていた。
そんな椿に、人見知りをする優斗はいつもくっついていた。椿はそんな優斗が可愛くてたまらず、優斗の手を引いて連れて回っていた。
それでよく、「仲のいい兄妹ね」と言われたが、当の本人たちは特に気にしていなかった。