追いかけっこが、終わるまで。
「酔ってバカなことしちゃったな、って思ってる?」

「そんなことは、ないです」

「だったら、なんか、俺が気に障ることしたんだよね?」

「ち、違います。そんなんじゃないです! あの、先輩は全然悪くなんかないんです。私が、勝手に。」

「先輩?」

まずい!怪訝な顔をされた。

当然だ。

さーっと血の気が引く音が聞こえた気がした。

年上だからつい先輩と呼んでしまって、という下手な言い訳は信じて貰えず、どういうこと?といたずら現場を押さえた先生みたいに疑わしげな表情で聞かれる。



どうしよう、どうしようと眉根を寄せて目を泳がせていると、ふっと笑って、ごめん、怒ってるわけじゃない、と困ったように言ってくれた。

よく晴れた空を見上げて一息深く吐き出すと、先輩は切り替えるような明るい口調で一気に言った。

「せっかく来てくれたんだからさ、今日はしっかり食って、楽しんで行って。帰りでいいから、後でちょっとまた話させてくれる?」

はい、と答えるしかなかった。



「高校?」

目を逸らしながら聞かれる。

「はい。2年下です」

「ごめん、全然覚えがないや」

「お話したことないですから、当然です」

「そっか」

理由はよくわからないが、先輩を傷つけたことがわかった。



どうしてこうなっちゃうんだろう。なんで私はこんな風に無自覚に人を傷つけてしまうんだろう。

「ごめんなさい」

泣きそうな声になる。



「大丈夫。そんな顔しないで。お互い様だから」

頭をぽんぽん叩かれて、覗き込まれた。

「後で話聞くからさ、あいつらにはこの話、黙っててもらえる?あとさ、敬語もいらない。先輩って呼ぶのはやめて、名前で呼んで。いい?」

「はい」

「それ敬語じゃない?」

一瞬考えて、努力してタメ口を絞り出す。

「光輝って名前は、嫌いだと思ってた」

純粋に驚いた顔をして、よく知ってるな、でももう子供じゃないから、好きだよ親がつけてくれた名前、と先輩は言った。
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