追いかけっこが、終わるまで。
「 ずっと付き合ってた人と去年別れてから、悩んでたんです。

原因は他にもあったんだけど、一番はたぶん、私が彼とできなくなっちゃったことで。

だんだん怖くなって、なんかもう無理で」

違う、聞かれてることに答えてないって、自分でもわかった。しかも意味が伝わってるか怪しい。

でも先輩は黙って聞いてくれてる。前を向いたまま、耳を傾けてるのを感じる。

がんばれリサ、がんばれ。



「それで、もう恋愛とか無理なんじゃないかなって諦めてて。

美和たちは新しい恋をすれば前の彼のこと忘れられるよって言ってくれたけど、別に忘れられないとかじゃなくて。きっと、私のせいだから。

新しく知り合った人とそういうことするの、ちょっと想像できなくて。

でも、先輩が誘ってくれたとき、もしかして、先輩とだったら怖くないかもって気がして。先輩だし。酔ってたし。憧れの先輩だったんです、高校の時の。だから。」

やっぱり敬語になっちゃうけど。ここは本当のことを言って謝るしかない。



「でも、先輩に迷惑はかけたくなかったんです。こういうこと経験ないし慌てちゃって、起きたら何話せばいいのかわからないし、急いで帰っちゃいました。

…失礼だったんだって反省してます。

ごめんなさい」

先輩の顔は見られなくて、自分の膝に向かって頭をさげる。



「でも私、もう大丈夫だって、思って。きっとまた新しい恋ができるって。先輩のおかげで、そう思えて。

あの、ありがとうございました」

よし、言った。ちゃんと言えた。



「で?やっぱり怖かった?」

返事の代わりに首を振った。そうじゃない、そうじゃないから、前に進めると思ったの。



「俺のこと、知ってたんだよね。最初からそのつもりだった?」

違う。俯いて首を振った。



「じゃあなんで逃げたの?」

畳み掛けるように問われて気づいた。

迷惑かけたくないなんて、自分に都合のいい嘘だ。

傷つかないために逃げただけ。

目を覚ました先輩がどんな顔をするのか、見たくなかった。その場限りの軽い相手として話しかけられるのが、怖かった。それだけ。



「ごめんなさい」

2度目の謝罪は、ほんとに自分が恥ずかしくて、自分にしか聞こえないような小声になった。
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