追いかけっこが、終わるまで。
次の瞬間にはまた、あの優しいついばむようなキスがやってきた。
手を引かれて部屋に戻り、シングルベッドに座らされた。
右手はつながれたまま左肩を引き寄せられて、首を傾けた先輩が優しく唇を重ねる。
「怖くないから」
耳元で囁く声が聞こえた。
「大丈夫だよ」
そう言われた途端、涙が滲んだ。
なんなんだろう、この人。先輩って呼ぶなって言ったくせに。やっぱり長谷川先輩じゃん。
弓道部に仮入部したときに、一度だけ先輩と目が合ったことがある。
2年女子が手伝って新入生に弓を構えさせている脇から覗き込んで、大丈夫だよ、できるよと、みんなに声をかけてくれた。あれで入部を決めた子が多かった。
本入部が決まった途端女子部に寄り付かなくなって、騙されたことがわかったんだけど。
あいつ使えば入部が増えると思って、と女子部長がしれっと言ってたんだ。
また騙されてるかもしれないのに、この声と言葉を聞いただけで、心が溶けていく。
目の端にキス。
唇に塩味のキス。
首筋に柔らかいキス。
背中に腕を回した私を受け止めて、小さく笑った。
支えた手を私のうなじから髪に差し入れて、少し引っ張るように上を向かせる。開いた口の隙間から舌が差し込まれて。
深く優しいキスのあとのことは、あんまり覚えてない。
いつも怯えていた自分の体が、本能のままに、応えて、動いていくのを感じていた。
そうだった。
いつも、こんな風にしたかったの。
どうしてほしいか教えてって春樹に何度聞かれても、わからなかったの。
こんな風に、自分のことも相手のことも忘れたかったの。自由に。全部自由になりたかった。
なんでわかったの、先輩。
自分でもわからなかった私の本当の願いが。