追いかけっこが、終わるまで。

手の中で、電話がまた鳴りだした。ワンコールで出ると、木島さんの早口が叫びだした。

「リサちゃん？お休みのところごめんね。コーディネーターの田中さんから腰をやっちゃったって今、連絡があったの！例のご夫妻のアテンド、今日からなのに動けなくなっちゃったのよ」

「ぎっくり腰ですか？」

「そうなの、まさかのぎっくりよ。ここのところ調子良さそうだったのにね、よりによって今日よ」

社員の田中さんは腰痛持ちで、私が入社した年にも一度ぎっくり腰で3日間身動き取れなくなっていたことがある。彼女の仕事のフォローでにわかに忙しくなった覚えがあるが、新米だった私には正直大した影響はなかった。



今回はそうはいかない。

私はもう３年目だし、時期も時期だ。

今月は来日外国人のアテンドが詰まっていて、業務に余裕のある担当者がいないこともわかってる。

「リサちゃん、今日午後から出られる？今から私もお客様お迎えに行くことにするけど、これから1週間田中さんの主担当を引き継いで欲しいの」

「出られます。…でも、私に主担当は無理じゃないかと」

私はベテランの人達に比べて軽い仕事を任されている。でも、追加の仕事をこなすようなキャパはどう考えてもない。

なんで私？



「ごめんね、荷が重いのはわかってる。事務作業は私もだいぶ手伝う。

田中さん、奥様のアテンドは自分でするはずだったのよ。そこを変われる人がいないの。関わる人が増えると行き違いが発生するから、全体管理もリサちゃんにお願いしたいの。

逆にリサちゃんの担当案件を優奈ちゃん達に振り分けて仕事を減らせる？」

田中さんの仕事を受けながら、自分の仕事を振り分ける？

そんな器用なこと、私にできるだろうか。想像しただけで、頭が真っ白になりそう。

たくさんのことを同時にやるのは苦手。



でも、確かに木島さんの言う通り。

私が今抱えている仕事は、アテンド通訳のサポートと、会議通訳の手配、翻訳コーディネート。翻訳の件は仏語だから自分で担当したいけど諦めて、後の２つと合わせて他の人に頼めるかも。というより頼まないととても追いつかない。



とりあえず了解して電話を切ってから、急いで段取りを考える。

一旦帰って着替えて、オフィスによって引き継ぎ手配をして、夕方にはお客様との夕食に合流して挨拶。明日から残業して働けば、なんとかなりそうな気がしてきた。

よし。とそこまで考えて、いまの状況に頭が戻ってきた。


先輩は？