追いかけっこが、終わるまで。
ドアを出て鍵をかけたところで、やっと話しかける。お礼を言わなくちゃ。

「あの、先輩」

「リサの先輩だった記憶はないって、言ったよね?」

そうでした。名前で呼んでって言われたよね。光輝くん。光輝くん。光輝くん。口の中で唱えてみる。違和感ありまくりですけど。



「練習、できた?」

エレベーターを待ちながら、顔を覗き込まれる。顔に血が上ってくるのが自分でもわかって、恥ずかしい。

名前ぐらいで。いい大人なのに、って思われてるんだろうな。くそう。

「光輝くん、ありがとう」

精一杯、仕事用よそ行き笑顔で微笑んで虚勢を張ってみる。

光輝くんは、ちょっと目を見開いてから、やっぱり面白いなあ、と呟いて目を細めて笑いながら私の手を取った。

やっぱりってなんだろう。会ったばかりなんだよね、彼の中では。やっぱり面白いなんて思われること、昨日何かした?



それに、これってどういう状況?出会ってすぐにホテルについて行く子と付き合おうと思うものなの?

いや。ご褒美って言われたし、ただ優しくしてくれてるだけかも。

でも昨日部屋に泊まったし、今手をつないでるってそういうこと?




ダメだ、恋愛経験がほとんどない私には、手に負えない案件だ。それにこの人、きっとあんまり深く考えてなさそう。

ちょっと気に入った子に逃げられたから、気になって追いかけて手に入れたくなった、そんなところか。

もしくは私の話を聞いて、拾って優しくしてあげたくなったのかな。

そこまで考えて、ぐるぐる回る思考に強制的にストップをかける。



どっちでも、いいか。



つないでる手が優しくて、今日も引き続き空がよく晴れてて、強引で優しい私の先輩が機嫌よさげに笑ってる。

幸せだなあ、って思ったんだ。ずいぶん久しぶりに。
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