「桜よ、今日は喪の色に咲け。」
.


「お兄ちゃん…あのね…、」

「うるせぇ!ババァ!!
…黙っとれや!!!」



…あの頃、いつもいつも
イライラしていた。

訳も無く淋しくて、
何をしてもつまんなくて。


お巡りさんには
いつも御世話になった。

警察署に何度、お袋に
迎えに来てもらった事か。



「何だよ?タクシーじゃ
ねえのかよ、て言うか、
何で車の免許持ってねえんだよ、
使えんババァだな…。」

「…………。」

「おい、親父に言うなよ?
言ったらぶっ殺すから。
分かってんのかよ?」


「…父さんには…、
何も言わないよ…。
でも、お兄ちゃん、
もっと自分を大切に、、」

「うるせぇわ、
いらんこんだわ、
俺は…、
自分の生きたい様に生きる、
あんたの
知ったこっちゃ無いわさ!」

「ほら…、
バスが来たから…。」




少年鑑別所から
出て来た時も、
俺は相変わらず
母親に悪態を付き…、


母親の悲しそうな顔が
余計に俺を苛立たせた。


毎度毎度の事だが…、

ケンカしては補導され、
土曜の夜に単車で走りに行き、
検問を突破したらさ、
橋の向こう側とこっち側で
挟まれて…、
俺はそれでも突破したんだが…、

…仲間が捕まったから、
芋づる式に検挙されて、
又、捕まった。

でも、大した事じゃない、
どーでも、いいわ。



…自分の生きたい様に生きる…、
人間、
いつ死ぬか分かんないし。


友人が単車の事故で立て続けに
何人か死んだんだ。

…人の命の呆気なさ、
自分もその内、
死ぬんじゃないか…、
生きてる内に、やりたい事、
やっておかなきゃ…。



…親父が敷いたらしい
俺の人生のレール、
それから少しも外れない様に、
一生懸命、勉強して
地元の進学校に入り、、、
親父の顔色を窺って、
学業優秀なイイコを
演じるのにも
疲れてしまったんだ。



…母親を怒鳴り付け
当たり散らす毎日…。


小さい頃は美人で優しい
ママが大好きだったのに。


今では、親父が海外勤務で
居ない事をいい事に、
この家で大人しい母と妹を
怒鳴り付けて従わせる暴君、

それが俺だった。



自分の生きたい様に
……生きる。
誰にも迷惑は掛けない…。





今、思えばなんて甘い、
甘っちょろい
考えだったんだろう…。



日に日に痩せて行く母の変化に、
気が付かない訳では無かった。

ただ、
うつ病になっちまった母親を
思いやる余裕なんて
その頃の俺には
これっぽっちも無かったんだ…。


だるそうに
夕飯の支度をする母親…。

いつも綺麗だった筈のリビングは
近頃は散らかり捲りだ…。





「何だよ、みー、居たのかよ?
しっかし、汚ねー部屋!!
おい何か食うもんねーのかよ?!」

「ちょっと!ゆうちゃん、
ママはね、体の調子が…、
少しは考えてあげてよ?」

俺を怖れて遠慮がちに妹が言う、

「はあ?!なら、みー!
お前、なんか作れよ!!」

「…いいのよ、みーちゃんは
テスト勉強しなさい?
…ママがやりますから。」



俺がグレ出してからも
努めて明るく
振る舞っていた筈なんだが。


近頃はいつも寝てばかり、
家、散らかってんじゃん。




…妹は勉強と
部活に忙がしくて、
あいつも近頃、家の事は、
…………。





…妹が部活の春の合宿中、
俺は、ほとんど家に帰らず
連れの家を渡り歩き…、



ある晩、金が無くなって、
家に戻った。

…玄関入るなり怒鳴り付けた。


「やい!金が無くなった!
小遣いくれや!!」


「やい!お袋!!おい!!!
…寝てんのか??」




リビングのドアノブを回す時、、


…すごく
違和感が有ったんだ。

妙な胸騒ぎとドアノブの
変な重さ…。


外開きのドアを自分の方へ
引っ張った、重い…。


何か付いて来る????




「…お、お袋?!!!」




…何が起こってるのか
理解し難かったが、
無理矢理に理解しようと努めて、


それでいて妙に冷静な頭の中…。


(…今から救急車呼べば
間に合うのか?)

(ドアノブでも首が吊れるんだな、
こんなに低いのに。)

(ちゃんと喪服に着替えたんだ。
…お袋らしいわ…。)






…それからの事は
あまり覚えていない。

警察が来て調べて、
何か色々聞かれて
上の空で答えて…、


妹の泣きじゃくり状態は
見るに耐えなかった。

妹は母親の死を
自分のせいにしたから。




…違うよ、みー…、
俺の、、、、

お兄ちゃんのせいだ。

お前のせいじゃないよ。




…自殺だから、
葬儀は密葬だった。


近隣は勿論の事、
母親の友人にも知らせずに。





…葬儀の夜、
親父と俺と妹、
それから、おばさん達、
つまり母親の姉と妹…、



…無言で食事を…、



いきなり親父が立ち上がり
俺に灰皿を投げつけた。

ガラスの灰皿は
俺の額の皮膚を破り、
大きな音をたて床に落ちた。


取り皿の醤油の中に
俺の血が滴り落ち、
混じって行く…。





「出ていけ。」

「ちょっと、靖夫さん、」

「黙ってて下さい、
おい、ゆう! 出ていけ。」


妹が泣き出すのが
合図の様に、俺は家を出た。



…以来、
実家に帰れない日々が、
続いている…。






…女の子と付き合う時、
必ず言う事が有るんだよ。


「俺、マザコンだよ。」って。


お母さんごめんね。
悪い子でごめんね。





又、貴女の亡くなった
季節が来ました。



…覚えていますか…。


俺と、みーが小さい頃、
いつも散歩に行った、
大きな桜の木の公園。


俺がその桜の木に登ると
下から貴女とみーが
すごいすごいって。

貴女の頭の上に、
ちょうど毛虫が落ちて、
貴女は子供みたいに
大声を出して、
俺が取ってあげたっけ。






…ハラハラと舞散る、
あの桜の木の下で、
今年も俺は、僕は…、



…貴女に、謝る。

悔やみきれない想いを、
桜に八つ当たりして。





…なあ、桜よ、お前、
今日はね、
特別な日なんだよ。



だからね、
今日は、

今日だけは喪の色に咲け。





…舞い散る、
桜の花びらの中で、
俺は貴女に語り掛ける。




そして…、





…いつか…、
貴女に又会えた時、
俺は貴女を抱き締めて、
貴女の耳元で、こう言うよ…、






「ママ、大好きだよ。」









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