未熟女でも大人になっていいですか?
「分かりました……弁償させて頂きます……」


ションボリと泣きそうな瞳をしてる。

バンビのように気弱な男を虐めているようで、こっちは凄く後味が悪い。


「私、平日は仕事で毎日この道を歩いてる。だから買えたら声をかけて。素敵なコートを期待して待ってるからお願いね!」


問答無用を押し付けて踵を返した。

二、三歩先に進んで「そうだ!」と声に出して向き直る。


「あんたの名前は何?私は『山縣 蜜(やまがた みつ)』と言うの」


「あ…僕は『仙道 保(せんどう たもつ)』と言います」


「船頭さんね。左官工なのに船頭なんて、あんた職業間違ってんじゃない!?」


自分が勘違いしてるのは棚に上げて、あははは…!と声を立てて笑った。

左官工のバンビはぽかんとした顔つきで、笑いもせずにこっちを見てる。


「こほん。…じゃあ頼むわよ!」


馬鹿みたいに1人だけ笑うのを止めて家に戻った。

玄関口の扉を開けて中へ入ると、父がすっ飛んでやって来る。



「蜜、お帰り」


「父様、只今戻りました」



父の『山縣 徹(やまがた てつ)』は、長女の私にメチャクチャ甘い。

幼い頃から他の兄弟達よりも愛されて、今でもそれは続いてる。



「仕事はどうだい?楽しいかったかい?」


ほくそ笑むこの表情は苦手だ。

楽しくも面白くもないあの会社のことを一切悪くも言えなくなる。


「うん、まあまあ」


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