悪戯な唇
キスだけじゃ足りない
もう、何を言っても聞き入れない口ぶりに次の言葉が出てこない。
それと同時に彼の突然の言葉に驚いている。
キスしてきていたのは……私を好きだからなの⁈
信じろよというように繋いだ手をぎゅっと力強く握りなおす男。
エレベーターを待つ私達を好奇の眼差しを向けてくる人達の視線も気にならないのか、待つ間、カバンを脇に抱えた手は私の髪の毛先を指先に絡めたり、熱くなっている頬をわざと触ったりして到着するのを待つ男。
私は、人前で堂々と甘く恋人のように振る舞う男とは違い、平静ではいられない。
うつむき、エレベーターが到着するのを今かと待ち受けるしかなく、扉が開くと同時に中に逃げ込む。
だけど…終業時間も過ぎたエレベーターの中には既に人々が乗っていた。
繋がれた手を気にならない素振りを見せている人々の前で、この男はまわりを気にする様子もなく…
「美羽…俺ん家とお前ん家、どっちがいい?」
その中途半端なセリフは誤解を招くからやめてほしい。
「話し合うなら…どこかでお食事でもしながらの方がいいと思うんですけど…」
密室の中は、アリ地獄のように抜け出せない事に気づいた。