ベタ恋!〜恋の王道、ご教授願います〜
気持ちも梅雨空と同じくどんよりと下降気味なまま、非常階段のドアを開け、中へ入る。

今までひとりでこの非常階段のドアを開け、外をぼんやり眺めていただけなのに、この場所が嫌いになりそうだ。

明日からどうしよう。

桐島課長のこと、真剣に向き合いたいのに、非常階段のドアを開けるのも億劫になりそうだ。

ふう、と一息つき、総務課へと戻る。

すると、牧田先輩の金切り声で体全体がびくっと震えた。

「ちょっとどういうこと、これ」

牧田先輩は染谷さんの座る右横に立ち、プリントアウトされた原稿を机の上に広げパソコン上の画面と比較しているようだ。

どうやら上書き保存をしていたらしい。

「バックアップは?」

「まだしてませんでした」

「してないって。あれほどバックアップをマメにしなきゃいけないっていったじゃない」

「緊急の受注が入ったんで」

「……どうして相談してくれなかったの」

「ごめんなさい」

「ごめんなさいじゃなくって」

染谷さんは肩を震わせ小さく縮こまっている。

こんなに染谷さんをきつく当たっている牧田先輩をみたことがなかった。

空気が悪いなか、仕事をするのもはばかれる。

しぶしぶ染谷さんの右横に立ち、口を開いた。

「各自のパソコン内に残っているデータを拾えるだけ拾って消えてしまったものについては入力しなおすしかないですよ」

染谷さんはわたしをみて、ほっとしたようでかすかに笑顔になったが、牧田先輩は染谷さんからわたしへ睨みをきかせていた。
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