ベタ恋!〜恋の王道、ご教授願います〜
「いないよね」

染谷さんがバックアップを忘れた次の日の昼休み。

いつものように社員食堂でご飯を食べて、余った時間は日課となる非常階段で休憩をとる。

さすがに昨日のこともあったから、非常階段の扉を開けるのに躊躇した。

でも、最初からこの空間は自分が見つけた、というか勝手に休ませてもらっているから独占するわけじゃないけど、ささやかな時間をひとりで過ごせていたんだから遠慮なんかしない、と汗ばんだ手でドアノブを掴んでドアをあける。

いつもなら先に階段の真ん中付近でのんびりお茶を飲んでいる桐島課長の姿が今日はない。

「しかたないか」

とやっぱり定位置になってしまった踊り場のコンクリートの欄干に両腕を乗せてぼんやりと景色を眺める。

雨がやんだのか、遠くの空からは青空が見えてきた。風はなく、空気はじとっとして暑い。

外の景色をみながら、総務課の中を思い返していた。

総務課の入り口横に設置されたスチール書庫の扉に貼られたホワイトボードの行動予定表にはわたしも含め、社員の名前と行先、帰社時間がある。

名前の描かれたマグネットの四角いプレートには青い面に名前があるときは出社を表し、退社は逆にして赤い面に名前があった。

桐島課長は6月末まで午前は出張だったり、会議が入っているので総務課に戻るのは午後になってからだった。

当然、この非常階段にくることはない。

今までひとりでこの空間を独り占めできて最高だったはずだった。

それが突然、桐島課長も一緒にこの空間で過ごすことが慣れてしまったのか、急に寂しくなってしまった。

気がつけばいつも桐島課長が座っている、上に続く階段に目をやっていた。
< 92 / 170 >

この作品をシェア

pagetop