イジワル上司に焦らされてます
「日下部さん、急にどうしたんですか?」
カジタ本社に着くと、私は受付に備え付けられた電話越しに辰野さんを呼び出した。
いつもは堂々と入るカジタ本社の打ち合わせスペースにも、今の自分は入る資格もない気がして足を踏み入れることができない。
すぐに現れた辰野さんは今日も品の良いダークグレーのスーツを着こなし、突然現れた私に驚いている。
「突然、すみません……早急に辰野さんに謝らなければいけないことがあって来ました」
「謝らなければいけないこと?」
「はい。先日提示させて頂いた、例のカフェのネームとロゴ案の件で……」
そこまで言って、言葉を止めた。
つい、落とした視線。辰野さんの顔を見ることができず、おろしたてのワインレッドのパンプスの先端をジッと見つめてしまう。
以前、自分へのご褒美にと買ったパンプス。お気に入りのこれは、特別な日におろそうと決めていた。
そう、今日は私にとって特別な日であるはず……だったのに。
朝、浮かれながら足先を入れたパンプスを、こんな気持ちで見下ろすことになるだなんて思わなかった。