イジワル上司に焦らされてます
スルリ、と。足元を冷たい風が駆け抜ける。
ゆっくりと、やっぱり気怠げに私たちへと近づいて来る不破さんに、心臓の音ばかりが大きくなった。
「僕たちも、ちょうど今打ち合わせが終わったところなんです。さっきまで、駅前のカフェで二人で話をしていて」
私たちの前まで来ると足を止めた不破さんに、辰野さんが再び明るい口調で言葉を投げた。
いつも通り。それどころか、やけに声が弾んでいる気がするのは私の気のせいだろうか。
「……お疲れ様です。日下部から話がいったと思いますが、この度は申し訳ありませんでした」
辰野さんの質問には触れず、スラックスのポケットから手を抜いて頭を下げた不破さん。
それに辰野さんが一瞬目を見開いたけれど、私はとてもじゃないけど驚く余裕なんてなかった。
不破さんが、クライアントに頭を下げている。
クライアントから感謝されることはあっても、彼自身が頭を下げるなんてこの7年、一度だって見たことはない。
いつも完璧な仕事をこなす彼の、普段、決して見ることのない姿。胸がズキズキと痛んで、息をするのも苦しい。
「あの、私……」
「ああ、その話でしたらもう解決したので大丈夫ですよ。この先も、良いものを造れるように一緒に頑張りましょうと、たった今話がついたところです」
一緒に謝らなければと頭を下げようとした私を制し、軽快かつ柔らかな口調でそう言った辰野さんに、不破さんがゆっくりと顔を上げた。
真っ直ぐな目は、辰野さんに向けられたまま。
各言う辰野さんも口調と同様に柔らかに微笑んだまま、不破さんを真っ直ぐに見つめていた。