イジワル上司に焦らされてます
 

 * * *



「……うーん、どうしよう」



お姉ちゃんの家を出てから駅へと向かい電車に乗って、目的地近くの駅で携帯電話片手に悩むこと十数分。

開いたページには二つのカフェの情報が並んでいて、そのどちらもが魅力的なせいで中々駅から離れられない。

一つは、浜辺近くのオシャレなカフェ。オーシャンビューを眺めながら、お店自慢のパンケーキを食べる幸せな時間を謳っている。

そしてもう一つは駅近で最近流行っている、これまたオシャレさが売りのカフェだ。おすすめは、芸能人がテレビのロケで訪れては美味しいと押している濃厚ガトーショコラ。



「流行ってる方は混んでそうだし、やっぱり、今回は海の見える方かなぁ……」



けれど、そう零した私が、海の近くまで行くバスの停留所まで歩いて行こうとした瞬間。

突然携帯電話が震えて、一瞬思考回路が停止した。



「…………不破さん?」



携帯電話の画面を思わず凝視する。

着信の相手は、間違いなく不破さんだった。

途端に高鳴り出した心臓に、そっと蓋をするように息を吐いた私は、恐る恐る携帯電話の画面をタップする。



「……もしもし、日下部です」

《お前、今何してる?》



緊張しながら電話に出た私とは裏腹に、極めていつも通りの不破さんは、相変わらずマイペースだ。



「……今は、海近くの駅にいます。今から一人で、カフェでも行こうかなと思ってたところで」

《あー、な。じゃあ、10分後にそっち行くから、そこにいろ》

「……はい? 10分後って……不破さん、今どこにいるんですか?」

《海。じゃあ、またあとでな》

「ちょっ……、」



私の静止の声も聞かずに、一方的かつ呆気無く電話は切られた。

……なんなの、ほんとに。

心の中で独りごちながらも、それを声にする気にはなれなくて。

無機質な電子音を聞いたあと、私は一人で高鳴る鼓動を抱えながら立ち尽くすほかなかった。

 
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