エリート上司と偽りの恋
無言で歩くこと十分、自宅マンションが見えてきた。人気のない住宅街、街灯の下で私は立ち止まる。


「ここでいいです。すぐそこが家なんで、送っていただきありがとうございました」

頭を下げた私の目を、主任はまたジッと見つめる。

ずるい視線……。

篠宮主任みたいな人にそんな目で見られたら、誰だってドキドキしちゃうよ。


「加藤さん」

「はい……」

何を言われようと、揺るがない。騙されない。もう二度と、イケメンを好きになんてならない。

だけど……。


「加藤さんのこと、好きだから」


「……は?」

「だから、加藤さんのこと好きなんだ」

「いや、聞こえてますけど。そうじゃなくて、また冗談ですよね?」

少し笑って見せた私と違って、主任は表情を変えずに私を見つめる。


「どうして?冗談なんかじゃないよ。好きなんだ」

そんな何度も好きなんて言わないでよ!からかうにもほどがある。


「やめてください!私をからかって楽しいですか?昨日会ったばかりですよ?」

「真剣だけど。昨日会ったばかりだとして、それで好きになるのは変なのか?」


あまりにも真面目に言う主任を見て、冗談じゃないってことは分かった。

だけどそんなの到底信用できない。

「変、ではないですけど……どうして私を?綺麗でもかわいくもないのに」

一目惚れはあるにしても、私がその対象になるなんて思えない。一目惚れっていうのは、普通容姿に惚れるわけで……。


「なにを疑ってるのか知らないけど、俺は加藤さんが好き。ただそれだけだ、考えといてくれ」


「あ、はぁ……」

よく分からないけど、私はそう返事をして家に向かった。


マンションの入口で振り返ると、主任はまだこっちを見ていた。私は逃げるようにマンションへ入る。


考えといてくれって、どういう意味?なにを考えればいいわけ?

まさか、付き合うとか?そんなの無理に決まってる!

あんな言葉を鵜呑みにしたって、どうせまた泣きをみるのは私なんだから……。



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