エリート上司と偽りの恋
井上さんが去った後、私は再び資料の片付けを始めた。

「はぁ……」

平然を装ってるけど、井上さんの言葉が意外と後を引いていて自然とため息が出てしまう。


「ため息ついて、どうした?」

「ハッ、え!?」

まだそこに主任がいたということに気づかなかった私は、驚いて資料を落とした。


「ちょっと忘れ物があったから。そんなに驚かすつもりはなかったけど、大丈夫か?」


資料を拾う主任の手が、漫画みたいに時々私の手に触れて、そのたびに私の胸はドキッと跳ねる。


「すいません。忙しいのに余計な手間をかけさせてしまって……」

ドキドキを抑えながらやっとの思いで資料を拾い主任を見上げると、思った以上に主任の顔が近くにあるから、私は顔を背けた。


「はい、忘れ物」

主任は私に一枚の小さな紙を手渡してきた。

「これは……?」


「ちなみに仕事をするときは仕事のことしか考えてないけど、コーヒーを飲んでひと息ついたときなんかは加藤さんのこと考えてるよ」


「え、主任……」


固まっている私の頭をポンポンと優しく叩いた主任は、そのまま資料室を出ていってしまった。


たった今主任に触られたばかりの自分の頭に手を置くと、スイッチが入ったかのように身体中が熱くなって、このドキドキをもとに戻すには……だいぶ時間がかかりそうだ……。



営業部に戻ると主任の姿はなくて、ホワイトボードには【直帰】と書かれている。

自分のデスクに座り主任からもらった〝忘れ物〟を見た私は、なるべく表情を変えずにそれを丁寧に折り畳んで財布にしまった。



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