エリート上司と偽りの恋
ーー

「主任、三番に福岡事業所の西さんからお電話です」

「ああ、ありがとう」


もう大丈夫。あれから二週間過ぎたけど、こんなふうに電話の取り次ぎだって普通にできる。動揺も緊張もしてないし、悲しくなんかない。

私はもう大丈夫なんだ。


そうやって自分に言い聞かせて、仕事に集中してきた。

主任からはなにも言ってこないし、私ももちろんなにも言うことはない。

私は結衣じゃない。それが全てだから。



「ねぇ桐原さん、桐原さんは私の名前知ってる?」

「え、どうしたんですか?急に。知ってるに決まってますよ、加藤麻衣さんです」

「だよね」


だいたいどうしたら麻衣をゆいって思えるのか謎だわ。

異動してきて一度も私の名前を文字で見たことがないか、もしくは実はかなりの天然なのか。

だけどその勘違いのお陰で、あんなに幸せな時間を過ごせたんだよね。

ほんと、短すぎたけど……。


悲しいはずなのに、私はなぜか笑ってしまった。

そんな私を桐原さんは不思議そうに見ている。


私も不思議なんだ。今までだったら辛くて悲しくて、相手に怒りさえ覚えていたのに、主任にはなぜかそういう気持ちにはならない。

もちろん辛いという気持ちはあったけど、それ以上に私への愛情を感じることができた時間が、とても幸せだったから。

まぁ結果的に間違いだったんだけど。



「そーいえば加藤さん夏休みいつ取るんですか?」

「今週の木曜から土日合わせて四日取る予定だよ」

「じゃー主任と入れ替わりですね。明日と明後日休むって部長に話してるの聞いちゃいましたから」

横の髪をペンでクルクルさせながら桐原さんが呟いた。


たった二日の夏休み、主任はどこか行くのかな?

私も辛かったけど、きっと主任も落ち込んでるよね。ずっと好きだと思ってた人物が違う人だったんだから。




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