エリート上司と偽りの恋
「ねぇ、麻衣は今、好きな人いるの?」

「え?急になに言い出すのよ」


好きな人がいる、なんてもう言えない。

好きだけど、まだ好きだって認めてしまったら、あの優しい笑顔を思い出してただ辛くなるだけだから。



「言いたくなかったらいいんだよ」


そう言って微笑む結衣を見ていたら、自分が許せなくて……涙が溢れてきた。


結衣のことは大好きで、結衣はなにも悪くない。なのに、心の片隅にある劣等感の塊が時々こう言うの。


〝結衣がいなかったら〟


誰よりも大切で大好きなのに、一瞬でもそんなことを思ってしまったことが、許せなかった。

結衣の幸せが私の幸せで、もしも結衣が苦しんでいたなら、私はなにを捨てても結衣を助ける。そう思ってるのに……。


ポロポロと溢れる涙を、結衣は自分の手で拭ってくれた。


「私と麻衣は、一緒なんだよ」

「……え?」

「私はずっと、麻衣を羨ましいって思ってた」


結衣の口から出た意外な言葉に、私は驚いて結衣を見つめた。


「私ね、人に嫌われるのが怖いから、ずっと人の目ばかりを気にして明るい自分でいなきゃって思ってたの。いつも笑顔でいるようにしてた」


そう言って寝ていた体を起こした結衣。それに釣られて私も布団に座り、ふたりで向かい合った。


「麻衣はつまらないときはつまらなそうな顔をして、悲しいときは泣いて、うれしいときは笑って、常に自分の感情の通りに動いていたでしょ?」

そう、だから私はいつも明るい結衣と違って、取っつきにくいって周りから思われていたんだ。


「それが羨ましかった」

「だけど、私なんかより結衣の方がずっとみんなに好かれてたんだよ。私はいつも結衣と比べられて……」


オレンジ色の微かな灯りに包まれた部屋の中で、言わないでおこうと思っていた本音を、気づけば結衣に話している自分がいた。


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