エリート上司と偽りの恋
偽りの愛だとしても
「あのとき聞いた名前は加藤結衣だったけど、俺が恋をしたのは……加藤麻衣、君だ」
さっきまで堪えていたはずの涙は、気づけば私の頬を伝っていた。
「でも……私……」
涙で上手く話せない私の変わりに、主任は言葉を続けた。
「夏休みを利用して、お姉さんにも会ってきた」
夏休み……ということは、私が実家に帰ったときにはすでに結衣は主任と会っていた?
「これだけは言っておきたいんだけど、俺は最初から七年前に恋をした女性は君で間違いないと確信していた。あのとき聞いた名前がずっと残っていたから、結衣と呼んでしまったけど」
話をする主任の視線は他のどこでもない、ずっと私だけを見つめている。
結衣から送られてきたLINE。
【昔電車の中でチカンに間違われそうになった人を、麻衣が助けたことあったよね?】
そんなこともあったかな?と思う程度で、ほとんど覚えてなかった。
そのころは彼氏もいたし、他の男の人なんて気に止めたことはなかったから。
「すぐにでも俺が好きなのは加藤麻衣だと伝えたかったけど、どうも君のこととなると考えすぎてしまうみたいで、加藤さんが納得してくれるように結衣さんに話を聞こうと思ったんだ」
「結衣に……?」
「ああ。あのとき店員さんが俺の説明を聞いて加藤結衣だと言ったのは、麻衣が彼氏と別れた後に髪の色や髪型を変えたからじゃないか、ってお姉さんは言っていたよ」
そうだ。私は十月に入ったばかりの誕生日前日に、酷いことを言われて振られた。
電車の中で泣いていたのかは覚えてないけど、その後すぐに、結衣と同じだった髪型を……変えたんだ。
「あのころバイトを辞めたのは……」
「結衣さんのほう……だろ?君はまだアルバイトを続けていた。もしあの後も俺が喫茶店にフラッと立ち寄っていたら、加藤さんに会えていたかもしれない。そして俺はこう思うんだ〝辞めたって聞いてたのに、まだいるじゃないか〟ってね」
ふんわりとした優しい笑顔を向けられた私は、ちゃんと主任に言いたいのに、涙が流れてきて……。
「あ、もうこんな時間だ。行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
言葉にならない変わりに、私はうなずいた。