〜薄暗い日々〜短編 オムニバス
戻ってきたマキは、おもむろに、うがいとトイレを済ませた。

「マキちゃん、また出たの?」

不安そうに同僚の愛が聞いた。

「え、ああ大丈夫。悪さはせえへんやろから。愛ちゃんとこには来ーへんで。」

手慣れた様子でマキは答えた。

マキは所謂、見えてしまう体質だった。

「それより、マスター。しばらくあれは、ほったらあかんよ。」

見えざるものを追い払う能力はないが、ある程度の防衛方法は知っているらしい。

「まーたく、おまえには敵わんな〜。ママには内緒やぞ。」

現実的な妻であるオーナーママが、そんな話は信用しない事を、マスターはわかっていた。

そんなマスターも半信半疑ではある。

ただ、こんな幽霊騒ぎも、ここでは日常茶飯事である。

「この間、さゆりちゃんが空いてる席で昼寝をしてたら、上から誰か覗いてたんだって…!?」

「お客さんに赤ん坊の泣き声が聞こえるって言われちゃった。どうしよう〜。」

働いている女の子の中でそんな噂が誠しやかに広まっては消え、広まっては消えていた。

マキに言わせると、地階にあるこの店の場所が悪いと言うのだ。

湿気と陰気な暗さが余計に、見えざるものを呼んでいるらしい。

ただ、幽霊騒ぎがあると、必ずマキはしばらく店を休む。

本人に寄ると、知り合いの霊媒師のところに行って、店で憑いた霊を取り除いて貰うのだという。

休みの間の指名客を逃すのは痛いが、本人は大変な事になってしまうらしい。

そのマキでさえ、避けたいところがあるという。

近所の何軒かあるラブホテルの内一軒、どうしても入れないホテルがあるというのだ。

お店では店内でのサービスと店外でのホテル出張サービスがある。

もちろん、どちらにおいても、本番と言われる性行為は、法律で禁止されている。

とくにホテル出張サービスでは入室時間とホテル名をお店に電話する、ルールがある。

時間の徹底と女の子の安全を守る為だと言われているが、中で何をするかは、客と女の子との良心任せなので、ザルの法律を守るお題目でもある。

マキの休みもあって、お店に来るお客もまばらであった。

愛に久しぶりに指名客が来た。

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