〜薄暗い日々〜短編 オムニバス
愛という名前はもちろん源氏名である。

彼女は夫も子供もいる、現役主婦だ。

サラリーマンの夫は、夜遊びが大好きで、キャバクラやクラブの女の子を口説く為に通い詰めるので、家計は火の車だった。
借金返済と、子供の教育費用を捻出する為、近所のパートと掛け持ちをしている。

その愛にも何人か指名客がおり、その中の一人が来たのだ。

指名は女の子へのバックマージンが大きいので、喜ばしい事だが、それはお客にも寄る。

顔や容姿云々より、女の子に優しく、金払いのいいお客が良い。

以前、ホストらしい客を相手にした事がある愛は、俺様王様な態度で風俗嬢を馬鹿にし、最後には自分の店の名刺を置いていった若い男達がいた。

風俗に営業に来るなら、考えて来いと、呆れてしまった事がある。

今日、久しぶりに来たお客は、ホストとは真逆な、優しい指名客だった。

仕事が忙しくなかなか会いに来れなかったと、真面目に話しをする、誠実で優しい自営業54歳の男性だった。

もちろん、奥さんや子供もいるのだが、飲み屋や風俗で粋な遊びをする、数少ないお客様だ。

愛の夫もどうせ遊ぶなら、こういうお客のような家庭に迷惑をかけない遊び方をしてくれたらなあ、といつも思う。

久しぶりに来たのに、愛の指名客は更にホテル出張サービスを希望してきた。

愛もとても喜んだ。

ところが今日に限って、近所の綺麗なホテルが空いていない。

高いラブホテルはアメニティグッズが豊富なので、無料グッズを持ち帰って、店の女の子達と分け合うのが楽しみなのだ。

仕方ないから、ランクを落としたホテルを巡るが、何故か今日は満室が多い。

「遠く行くわけには行かないから、ここにしようか?」

指名客はしびれをきらしているのか、目の前の古びたホテルを指した。

「あっ…」

愛はホテルを見て、嫌な予感がした。

(詳しくは聞かなかったけど、ここってマキちゃんが嫌がってた所じゃ…。)

愛の顔色が雲ったのを目ざとく察した客は、今日はやめようかと言ってくれたのだが、愛は首を振って笑顔で指名客をホテルに引っ張って行ったのだった。

思えば、この時、指名客の厚意をきいていればよかったと、後悔する事になる。

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