〜薄暗い日々〜短編 オムニバス
お風呂から上がってくると、夫はビールをまた飲みながら、TVを見ている。

髪をタオルで拭きながら、忍も冷蔵庫からビールを取り出した。

「おい、これ近所じゃないか?」

TVを見ていた夫が、画面を指を刺す。

いつの間にニュース番組に変えたのか、見覚えのある建物がTVに写っている。

昼間のパチンコ店である。

ニュースによれば、虐待を繰り返していた両親を逮捕。

虐待された男の子は亡くなった。

「可哀相になあ。何の為に生まれてきたのかわからないなあ。この子。」

知ったような事を言う夫を鼻で笑った。

しかし、あの子はやはり死んでしまったのだ。

別にあの男の子に思い入れがあるわけではない。

むしろ、何かと早紀にちょっかいを出して遊んでいたのを疎ましく思っていた。

確かにいつも汚い服で、栄養状態も良くない子だったが、両親の愛情に恵まれなかった不憫な男の子である。

やはり知っていただけにショックだ。

しかも、父親が蹴り殺す瞬間を目撃してしまった。

気分が滅入るどころの騒ぎではないが、周囲に気付かれないように平静を装う。

娘の大事な時期。

娘を動揺させてはいけない。

「早く忘れよう!」
そう思い、寝室の鏡台の前で髪を乾かしていると、左のパジャマの袖を引っ張られる感覚がある。

ふと、左側を見下ろしたわずかな瞬間だが、垢や泥で汚れた、幼い素足が見えた。

思わず、ヒャッと小さく悲鳴を上げた。

あらためて、周りを見渡しても、汚れた素足の持ち主はいなかった。

ちょうど、寝室に入ってきた夫が怪訝な顔をした。

「ゴキブリと間違えたわ。」

そう言って、化粧水の黒い蓋を見せた。

「人騒がせなやつ」

夫はそう言ってベッドに入ると、背中を向けたまますぐに寝息をたてはじめた。

忍も明かりを消して、夫と背中合わせのままベッドに潜り込んだ。

そう、気のせいと、自分に言い聞かせたが、いつまでも眠る事が出来なかった。
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